電車に自転車
こんばんは、落ちてばかりのいずみです。

今日電車で帰ってくるときに、印象的なことがあったので覚えているうちに書きます。

私はちょうど電車の車両連結部(途中で切り離せる部分)に乗ったのですが、先に大きな荷物持った若い女の子が乗車していました。

どうやら分解した自転車のようでした。ナイロンの専用袋に入って、スペースある連結部とはいえ、まあ、正直、邪魔でしたね。

肩には食い込み防止用のタオルかけてて、自転車持ってどっかまで行ってサイクリングするんかな、って思っていました。


そのうち私の降りる駅に着いたのでちょっと体勢を動かしてたら、その子も降りるようで勢いつけて荷物肩にかけて、先にドアから降りました。

そのあと続いておりたんですが、、

なんと前後の各車両から4人の女の子が同じように重そうな自転車肩にかけて、降りてきたんです。


邪魔になるから別々に乗ってたんですね〜〜。

印象的でした。

おしゃべりとか大好きなお年頃の女の子ですから、マナー優先して静かにちんまりと乗って、いや立派だなあと。
ひょっとしたら大学の自転車部とかで、上からそうした指示があったのかもしれませんが。


電車に乗るようになって他には、車椅子の方と、白杖の方をよく見かけるようになりました。
ご本人たちにとってはまだまだ不自由な世の中かもしれませんが、ちょっと前の(注:おばちゃんのちょっと前は10〜15年前)こと思えばずいぶんバリアフリー?社会進出?広まってきたのではないかと感じましたよ〜(^。^)

[2016/08/09 23:29] | 社会 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
明仁じいじとか呼んだ若者がいるとかいないとか…
投稿後のチェックで訪問者カウンター数を自ら稼いでいます。こんばんは、いずみです。



本日は今上天皇陛下の「お気持ち」発表とのことで日本はもちろん世界中から注目が集まりましたね。
天皇陛下もかなりお年を召され、(物理的に)まあるい感じになられたなぁという感じを受けました。

「お気持ち」の内容はかなり強い気持ちがこもったもので、結びに「切に願います」と締めくくられたのを聞いて、私も先日、前職の人事宛に出した添状に「面接の機会をいただけますよう、切にお願い申し上げます」と書いたことを思い起こしました。本当に、切実な気持ちです。陛下もそんな感じなんでしょうね。


そりゃ切実だ!!




識者のみなさん、どうか迅速に対応お願いします。いち国民としてこころにささる体験でした。
今上陛下は、強い意志を示される方ですが、意見を述べたりするとは聞きませんね。最近の特集とかでも国民に寄り添って、耳を傾ける姿勢が重要と考えておられるようなことをよく目にしました。

大体において、私は人の話を最後までしっかりときいたり、こころに寄り添うようなことは苦手なタイプです。自分の主張をはさんでしまったり、解決に向けて対策を打とうとしたり、充分に相手に向き合い、寄り添うことは今までほとんどできていなかったなと思います。

今上陛下、皇后陛下という大変素晴らしい方々の、永い地道な活動、理念を改めて認識することができ、自省の機会を得ることができました。

ある意味で日本で一番大変な境遇にお生まれになったんだな。。。重責に負けず、過労にくじけず、これまでの人生を国民のために捧げてこられたお二方に社会の底辺から感謝を申し上げたいと思います。
自分にできることを考えると、大切な一人息子にしっかりと向き合うこと、寄り添うことです。この機会に意識を新たにすることができました!!


それと、嬉しいのは、「次の元号何になるんだろうね~~」っていう話題が不謹慎ではなくなりますよね。崩御された後では、ウキウキ話せませんから。庶民にとっては陛下のご負担と同時に、気になる事項でなないでしょうかね!?

ではでは、次の元号を予想しつつ。。。
[2016/08/08 23:49] | 社会 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
虐殺事件に思うこと
26日深夜に発生した、相模原の知的障害者施設の殺傷事件。いたましい、かわいそうだ、ひどい。などの人間として当然の感情はだれでもあると思います。被害者のかたやご遺族の苦しみは想像も及ばず、また障害者を家族に持つ方なども身が裂かれるような気持ちであると思います。
実は私には弟が二人おりましたが、下の弟は8年前に21歳の若さで水難事故で他界しました。自分の辛さはもちろんのこと、両親の気持ち、取り乱した姿を見たことは人生で最も辛い出来事でした。そんなことも思い出しました。
言うまでもなく許されざる犯罪で、極刑やむなしとなるでしょう。

一方で、犯人(容疑者)はなぜそこまでしたのか?という疑問も湧きました。戦後最悪の殺人事件、もう虐殺といっていいレベルの事件だと思いますが、そこまでの事件を起こせば死刑は間違いないと分かりきっているはずです。26歳と若く、教員を目指したような有望な人間が意志をもって事件を起こし、さらには出頭していること。事件前には衆議院議長に手紙を持参していた?そこまでするモチベーションはどこからきたのか。。。

なんか、大麻の経験があったとか、刺青入れてワルで切れやすかったとか情報はありますが、強固な意志に私が不思議な興味を惹かれてしまったのは事実です。

またも思いよぎったのは、息子のたいちゃんが4〜5ヶ月の頃のことです。育児は大変でした。生まれて早々は、祖父母の協力や、産後のケア的な気配りを受けて、体力的にはきつかったものの、頑張っって乗り切りました。

産後もしばらくして、育児に慣れだした頃の4〜5ヶ月が、私にとっては辛さのピークだったように思います。夫(当時)の気遣いもなくなり、すっかり「お母さん」になったような世間の扱いっていうか認識? 先が見えなくなり始めて、この先いつまで子どもの泣くのが続くのかと、精神的にプツッときれて、【うるさいうるさいうるさい!!】ってどなって子どもを押入れの布団の中に押し込んで泣いた記憶があります。

のちに冷静に思えば、下手したらたいちゃんは窒息した可能性があります。取り返しがつかなくなったことを思えば背筋がゾッとします。しかし、「お母さん」の危機には世間は鈍いのだろうなと思います。

自分の赤ちゃんでさえ、おかしくなったんです。介護疲れで老親、配偶者を殺害したケースもよく聞きます。容疑者のいう、「意志の疎通のとれない重度障害者」のお世話で心身消耗している職員さんも確かにいるのだろうな、と。当時の孤独で、「自分はなんなのか」と悩んだときの気持ちを思い出して、思いをはせてしまいました。

事件の解明もさることながら、容疑者の置かれていた労働状況、介護の世界も通じると思いますが、これら環境について世の中が再考することも必要ではないかと思います。

[2016/07/28 17:51] | 社会 | コメント(0) | page top
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