虐殺事件に思うこと
26日深夜に発生した、相模原の知的障害者施設の殺傷事件。いたましい、かわいそうだ、ひどい。などの人間として当然の感情はだれでもあると思います。被害者のかたやご遺族の苦しみは想像も及ばず、また障害者を家族に持つ方なども身が裂かれるような気持ちであると思います。
実は私には弟が二人おりましたが、下の弟は8年前に21歳の若さで水難事故で他界しました。自分の辛さはもちろんのこと、両親の気持ち、取り乱した姿を見たことは人生で最も辛い出来事でした。そんなことも思い出しました。
言うまでもなく許されざる犯罪で、極刑やむなしとなるでしょう。

一方で、犯人(容疑者)はなぜそこまでしたのか?という疑問も湧きました。戦後最悪の殺人事件、もう虐殺といっていいレベルの事件だと思いますが、そこまでの事件を起こせば死刑は間違いないと分かりきっているはずです。26歳と若く、教員を目指したような有望な人間が意志をもって事件を起こし、さらには出頭していること。事件前には衆議院議長に手紙を持参していた?そこまでするモチベーションはどこからきたのか。。。

なんか、大麻の経験があったとか、刺青入れてワルで切れやすかったとか情報はありますが、強固な意志に私が不思議な興味を惹かれてしまったのは事実です。

またも思いよぎったのは、息子のたいちゃんが4〜5ヶ月の頃のことです。育児は大変でした。生まれて早々は、祖父母の協力や、産後のケア的な気配りを受けて、体力的にはきつかったものの、頑張っって乗り切りました。

産後もしばらくして、育児に慣れだした頃の4〜5ヶ月が、私にとっては辛さのピークだったように思います。夫(当時)の気遣いもなくなり、すっかり「お母さん」になったような世間の扱いっていうか認識? 先が見えなくなり始めて、この先いつまで子どもの泣くのが続くのかと、精神的にプツッときれて、【うるさいうるさいうるさい!!】ってどなって子どもを押入れの布団の中に押し込んで泣いた記憶があります。

のちに冷静に思えば、下手したらたいちゃんは窒息した可能性があります。取り返しがつかなくなったことを思えば背筋がゾッとします。しかし、「お母さん」の危機には世間は鈍いのだろうなと思います。

自分の赤ちゃんでさえ、おかしくなったんです。介護疲れで老親、配偶者を殺害したケースもよく聞きます。容疑者のいう、「意志の疎通のとれない重度障害者」のお世話で心身消耗している職員さんも確かにいるのだろうな、と。当時の孤独で、「自分はなんなのか」と悩んだときの気持ちを思い出して、思いをはせてしまいました。

事件の解明もさることながら、容疑者の置かれていた労働状況、介護の世界も通じると思いますが、これら環境について世の中が再考することも必要ではないかと思います。

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[2016/07/28 17:51] | 社会 | コメント(0) | page top
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